脳腫瘍 - 脳神経外科
脳神経外科と悪性脳腫瘍
1.脳腫瘍とは?
頭蓋骨の内側(頭蓋内)にできる腫瘍のことを『脳腫瘍』と呼びます。脳腫瘍は、頭蓋内から発生する『原発性脳腫瘍』と、他部位に発生したがんが頭蓋内に転移してできる『転移性脳腫瘍』に分けられます。原発性脳腫瘍は、さらに『良性脳腫瘍』と『悪性脳腫瘍』に分けられます(図1)。脳以外の臓器の悪性腫瘍は『がん』と呼ばれるものが多いのですが、脳の悪性腫瘍は『脳がん』とは呼びません。また、他の臓器のがんとは悪性度の分類が異なっており、悪性度はWHO(世界保健機関)が定めた4段階の『グレード』によって示されます。大まかに言えば、グレード1は良性腫瘍、グレード2は軽度悪性腫瘍、グレード3は中等度悪性腫瘍、グレード4は高度悪性腫瘍、という形で大別されます。このサイトでは、脳腫瘍の中でも特に原発性悪性脳腫瘍について述べていきます。
2.悪性脳腫瘍の疫学
最新の日本脳神経外科データベースによると、日本国内で2019年の1年間に脳腫瘍で入院となった件数は56093件(人口10万人あたり年間44件)で、そのうち何らかの脳神経外科治療を受けた件数は23460件(人口10万人あたり年間18件)となっています。また、2017年に発表された脳腫瘍全国統計では、悪性脳腫瘍はあらゆる年齢層で発生しているのですが、その中でも60歳代が最も多くなっています(図2)。性別でみると、良性脳腫瘍は男女比4:6でやや女性に多いのですが、悪性脳腫瘍は男女比6:4と男性にやや多い傾向が見られます。悪性脳腫瘍の発生部位としては、前頭葉が最も多く(36%)、次いで側頭葉(20%)、頭頂葉(11%)、小脳(6%)、後頭葉(4%)などとなっています(図3)。
世界保健機関(WHO)の最新の脳腫瘍分類(2021年)では、良性脳腫瘍や転移性脳腫瘍も含めると脳腫瘍は109種類に細分類されており、頻度の比較的多いものからかなり稀なものまで様々です。悪性脳腫瘍のなかでも比較的頻度の多いものとしては、膠芽腫(全脳腫瘍の12.7%)、星状膠細胞腫(5.6%)、悪性リンパ腫(5.1%)、稀突起膠細胞腫(3.0%)などが挙げられます(表1)。悪性脳腫瘍と言っても、悪性度や平均余命は様々で、腫瘍の種類によってかなり違いがあります。悪性脳腫瘍全体でみると、診断からの平均余命は79か月、無増悪生存期間は平均38か月、5年生存率53.4%となっています。
3.悪性脳腫瘍の初発症状について
脳は、その部位によってそれぞれ別の機能を持っています(大まかな機能分布を図4に示しています)。そのため、腫瘍が発生する部位や大きさによって症状は異なります。悪性脳腫瘍は、手足のマヒや言語障害、認知障害といった、腫瘍の発生部位に応じた症状で見つかることが多いです(41%)。そのほかには、頭痛やめまいなどの自覚症状(26%)、てんかん(けいれん)発作(18%)、意識障害(12%)、吐き気・嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状(11%)などが挙げられます。無症状ながら、脳ドックなどの検査でたまたま見つかることもあります(6%)。
初発症状としては上記のような症状が多いですが、悪性度の高い脳腫瘍の場合、病状が進行するにしたがって、これらが重複したりして徐々に悪化してゆきます。最終的には意識障害が強くなり寝たきりの状態で最期を迎えます。末期に近づくと痛みや苦しさが出現してくることが多い他の臓器のがんと異なり、悪性脳腫瘍は末期になると意識障害を生じるため痛みや苦しみを感じることはほとんどありません。その反面、最期には周りの方々との会話や意思疎通が取れなくなることが多いため、元気なうちはできるだけご家族と一緒に過ごす時間を大切にし、十分なコミュニケーションを図っておくことが重要と言えます。
4.悪性脳腫瘍の診断について
通常のCT検査やMRI検査だけではハッキリしたことはわからないことが多く、まずは造影剤という注射薬を用いて精密検査(造影CTや造影MRI)を行います。造影剤を使用することで、腫瘍をはっきりと写し出すことが可能になります(図5)。また、場合によっては腫瘍への血流を詳しく評価するためにカテーテルを用いた脳血管撮影検査も追加することがあります(図6)。これらの検査を通して大まかな診断を行い、その後の治療法などの検討を行います。ただし、最終的に診断を確定するためには、手術を行って摘出した腫瘍を病理医に依頼して詳しく調べる必要があります(病理診断、図7)。最近では、多くの悪性脳腫瘍において遺伝子の異常が関与していることがわかってきており、取った腫瘍の遺伝子診断が行われる場合もあります。
5.悪性脳腫瘍の治療について
悪性脳腫瘍の治療において、できるだけ生存期間を延長するために重要なことは、悪性の細胞を可能な限り多く取り除くことです。悪性腫瘍をすべて取り除くことが理想なのですが、現実的にはなかなか難しいのが実情です。なぜ、すべてを取り除くのが難しいのでしょうか?
脳の悪性腫瘍の多くは、脳の中に広く染み込んでいくように増殖していきます。そのため、できるだけ多くの悪性細胞を取り除くには、できるだけ広範囲に脳を切除する必要があります。ところが、脳には、人間が人間らしく生きるために不可欠な部位が多いので、腫瘍が広がっているからと言って単純にその部分を取り除いてしまうわけにはいきません。腫瘍に侵された脳を広範囲に摘出すればするほど、脳の機能も失われてしまうからです。こういった理由で、悪性脳腫瘍を手術で完治させることは非常に難しいのです。よって、悪性脳腫瘍の治療目標はあくまで完治させることではなく、人間らしい生活を続けられるように脳の機能をできるだけ守ることと、切除できる範囲内でできるだけ多くの腫瘍を切除して生存可能期間を延長すること、これら二つの相反する目標のバランスを絶妙にとりながら両立させることなのです。
具体的には、できるだけ長く生きられるように、まずは手術で腫瘍を可能な限り摘出します。先ほど述べましたように、手術後も腫瘍はある程度残っていると考えねばなりません。残存腫瘍に対しては、放射線治療または化学療法、あるいはその両方を組み合わせて補助療法を行います。脳腫瘍全国統計によると、治療として手術のみを行ったケースは16%しかなく、その他の大部分の患者さんでは手術に放射線治療や化学療法を併用した治療を行っています。ただし、腫瘍の種類によって治療法は大きく変わってきますので、まずは手術で摘出した腫瘍を詳しく調べることで確定診断を行い、その後、得られた診断に応じた治療を選択することになります。
6.主な(頻度の多い)原発性悪性脳腫瘍とその治療
①膠芽腫(こうがしゅ)
グレード4で悪性度の高い脳腫瘍です。生存期間をできるだけ延ばすためには、90%以上の摘出を目指す必要があり、まずはできるだけ多くの腫瘍を手術で取り除きます。先ほど述べましたように、すべてを取り除くのは困難ですので、多くの場合は切除可能な範囲で出来るだけ腫瘍を取り除いたあと、放射線治療および化学療法の組み合わせで補助治療を行います。なお、患者さんの年齢や病状などを考慮して最適な治療法を考えていきますので、患者さんによって若干治療方法が異なる場合があります。 当院では、腫瘍に正確に到達できるように手術ナビゲーションシステムを用いて手術を行っています。また、膠芽腫は、正常の脳と腫瘍との境界が見た目ではわかりにくいのが特徴ですが、手術直前に特殊なお薬(5-アミノレブリン酸)を内服していただき、腫瘍だけを赤く光らせることによって周囲の正常の脳との区別がつきやすいようにしてできるだけ正確に腫瘍の摘出を行っています(図8)。
②星状膠細胞腫(せいじょうこうさいぼうしゅ)
成人の星状膠細胞腫は、グレード2から4まで悪性度に差があり、グレードによって治療法や生存期間が変わってきます。できるだけ多くの腫瘍を取り除く必要があるのは膠芽腫と同様ですが、取った腫瘍の病理診断の結果、グレード2の腫瘍であれば、残存腫瘍が多い場合は術後に放射線治療のみ追加し、化学療法は行わずに様子をみることが多いです。手術でほとんど取れた場合は、放射線治療も化学療法もせずに様子をみることもあります。
グレード3および4の腫瘍の場合は、膠芽腫と同様、術後に放射線治療と化学療法を併用します。なお、当初はグレード2の腫瘍であっても、その後に腫瘍が悪性化しグレード3や4に変化してくることがあります。
③悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は他の悪性腫瘍とは異なり、手術による摘出度と生存期間との間に関係はありません。そのため、できるだけたくさん腫瘍を摘出することにあまり意味はなく、手術では通常、腫瘍をごく一部のみ取って術中迅速病理診断を行い(生検と呼びます)、悪性リンパ腫と診断されればそれ以上の腫瘍の摘出は行わず、化学療法による治療を行います。脳にできる腫瘍なのですが、リンパ腫はリンパ球(血液)の病気なので、当院では血液内科で化学療法を行います。化学療法が有効なことが多いので、放射線治療を追加するかどうかは議論のあるところです。放射線治療による正常の脳への副作用も考慮して、まずは化学療法のみとする場合も多いです。ただし、化学療法が有効であっても再発率が高いため、再発時に放射線治療を追加することもあります。
④稀突起膠細胞腫(きとっきこうさいぼうしゅ)
脳の中には、全身を支配する『神経細胞』と、神経細胞を支持するための『神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)』が存在します。神経膠細胞は、グリア細胞とも呼ばれます。先に述べた膠芽腫、星状膠細胞腫と共に、この稀突起膠細胞腫も神経膠細胞が腫瘍化したもので、これらはまとめて『膠細胞腫(グリオーマ)』と総称されます。
稀突起膠細胞腫はグレード2と3のふたつに分類されています。この腫瘍は、石灰化を伴う頻度が高いため、CT画像から膠芽腫や星状膠細胞腫との区別がつくことが多いです。悪性腫瘍ではありますが、膠芽腫などに比べると増殖のスピードが比較的ゆるやかで悪性度もやや低く、5年生存率も78%程度とやや長めです(表1)。治療は、手術で可能な範囲で摘出を行います。その後、放射線治療と化学療法を行うことが多いです。放射線治療、化学療法とも比較的有効であり、効果が期待できます。
7.転移性脳腫瘍について
ここまで主に原発性悪性脳腫瘍について述べてきましたが、転移性脳腫瘍についても少し触れておきます。転移性脳腫瘍は、脳自体の細胞が腫瘍化するのではなく、他部位のがんが脳に転移して生じるものです。脳への転移があれば、そのがんはステージ4(進行がん)という診断になります。転移性脳腫瘍は、すべての脳腫瘍の中の20.1%を占めており、比較的多く見られる脳腫瘍です。
がんの脳転移は、あらゆる臓器から起こりえます。原発巣としては肺がんが46.1%と最も多く、次いで乳がん(14.5%)、大腸がん(6%)、腎臓がん(4%)の順になっています(図9)。脳の中の部位別では、前頭葉、小脳、頭頂葉、側頭葉、後頭葉の順に多く発生しています。年齢的には50歳代から70歳代に多いです。初発症状としては、手足のマヒや失語症などの脳局所の機能障害が最も多く、次いで多いのは頭痛やめまいなどの自覚症状です。無症状で、たまたま脳の検査で見つかる場合もあります。その他の症状としては、意識障害、嘔気・嘔吐、てんかん発作などが挙げられます。転移性脳腫瘍の患者さんのうち、17%の人が治療経過中にてんかん発作を起こすと報告されています。転移病巣は1カ所だけの人もおられますが、何カ所も多発している人もいます。病巣が1カ所だけの人は全体の54%、2~4カ所が31%、5~9カ所が8%、10カ所以上が5%となっています。
初期治療としては、手術+放射線治療を受けた人が42%と最も多く、次いで放射線治療のみ(33%)、手術のみ(16%)、手術+化学療法(4%)などとなっています。転移性脳腫瘍の治療については、患者さんの病状・年齢・原発がんの種類および病巣の部位・数・大きさ・病状など、さまざまな因子を考えあわせたうえで方針を決定しますので、それぞれの患者さんで治療法は異なります。主治医とよく相談しながら治療方法を決めていくことになります。
8.良性脳腫瘍について
良性脳腫瘍は、悪性脳腫瘍と異なり、基本的には手術で全摘出できれば治癒が期待できます。ただし、良性腫瘍といえども、脳や重要な神経あるいは血管に強く癒着している腫瘍もあり、全摘出をすることで脳の機能障害が起こると推測される場合など、全摘出が難しい場合もあり得ます。そのような場合には、慎重に術後の経過観察を行い、再増大がないかどうか確認します。また、再増大を防ぐ目的で放射線治療を追加する場合もあります。発生頻度の高い主な良性脳腫瘍としては、髄膜腫(グレード1;全脳腫瘍の22.9%)や下垂体腺腫(18.2%)、神経鞘腫(9%)などが挙げられます(表2)。
9.おわりに
脳腫瘍を患う患者さんの背景は一人ひとり異なり、若く体力のある方もおられれば、持病をもっていたり御高齢で体力の弱い方もおられます。また、腫瘍ができる場所や腫瘍の大きさ、種類によって症状も違いますし治療の方法も異なります。当院では、体への負担を考慮しつつ、個々の患者さんの状態に合わせて最適な治療方法を考慮し提示しています。治療方法について丁寧に説明し、納得頂いた上で、最新の技術を用いて安全で正確な治療を行うことを心掛けています。また、必要と判断された場合には他の病院への紹介も行います。なお、セカンドオピニオンのための受診も受け付けておりますので、もし脳腫瘍のことでお困りのことなどありましたら、ご遠慮なく脳神経外科へご相談下さい。
参考文献
脳腫瘍を患う患者さんの背景は一人ひとり異なり、若く体力のある方もおられれば、持病をもっていたり御高齢で体力の弱い方もおられます。また、腫瘍ができる場所や腫瘍の大きさ、種類によって症状も違いますし治療の方法も異なります。当院では、体への負担を考慮しつつ、個々の患者さんの状態に合わせて最適な治療方法を考慮し提示しています。治療方法について丁寧に説明し、納得頂いた上で、最新の技術を用いて安全で正確な治療を行うことを心掛けています。また、必要と判断された場合には他の病院への紹介も行います。なお、セカンドオピニオンのための受診も受け付けておりますので、もし脳腫瘍のことでお困りのことなどありましたら、ご遠慮なく脳神経外科へご相談下さい。
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- 日本病理学会ウェブサイト 『病理コア画像』 17.脳神経 (8)膠細胞腫(膠芽腫)